September 2009

ゆとり=心と時間

7月のmoments展の報告もしないまま、どんどん月日が経過してしまいました。

「展示どうだった?」の質問に、うーんと何も答えられない日々が続いていたので、ブログでも報告出来なかったのかもしれません。

まず最初に、展示まで、足を運んで下さった皆様方、本当にありがとうございました。

色々な方々とお話することができ、作品を見て頂いて、とても嬉しかったです。

さて、展示には沢山の方々がいらしてくださり、成功だったにもかかわらず、どうして「展示どうだった?」の質問に答えられないのか、なかなか理由が分からなかったのですが、最近になってようやく分かりました。

純粋に、疲れきってしまった!のです。

なんだか自分の中から全て出してしまったような感じで、空っぽになってしまったようでした。

ところが、かなり無理矢理アート展を押し込んでしまったために、次の個展までに全然時間がないし、オーダーは溜まっているし、頭はすっかりジュエリーから離れてしまっているし、気持ちばかりが焦る中、自分自身を調整するのに、本当に時間がかかってしまいました。

ゆっくりmoments展について思い返すゆとりがなかったようです。

最近ようやく気持ちがなだらかになり、秋の個展に向けてせっせとジュエリーを作っています。

「ゆとり」というのは、本当に大切です。

プロになるっていうことは、どれだけ心に「ゆとり」が持てるかなんだろうと思ってしまいます。



少し前にミヒャエル・エンデの「モモ」を読み返しました。

このお話ほど、自分にぴったり来るお話はないんじゃないだろうかと思ってしまうほど、「モモ」が好きです。

心にググっときた箇所を手帳にメモしました。


「時間はあるーそれはいずれにしろ確かだ。」
「でも触ることは出来ない。つかまえられもしない。匂いみたいなものかな?でも時間てちっとも止まってないで動いていく。するとどこからかやってくるに違いない。風みたいなものかしら?
いや、ちがう!そうだ、わかった!一種の音楽なのよーいつでも響いているから人間がとりたてて聞きもしない音楽。でもあたしは時々聞いていたような気がする。とっても静かな音楽よ。」


「あの音楽はとおくから聞こえて来たけど、でもあたしの心の深いところで響き合った。時間っていうのも、やっぱりそういうものかもしれない。」


「光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間をかんじとらないようなときには、その時間はないも同じだ。」



何か少し自分なりに分かりかけているのは、「ゆとり」というのはここに書かれているように、遠くから聞こえてくる音楽が心の奥で響き合っているような状態のことで、心が存分に時間を感じ取っている状態なのではないかしら。という事です。

私は今年の前半、アート作品を作ろうと思い立った時、「心に空間を作る」ということばかり考えていました。
それは、遠くから聞こえてくる音楽、耳には届かないけれども心の深いところにやってくる時間という音楽を、響かせるためでした。

そして、それはやっぱり「ゆとり」ということなんだなあと改めて感じています。

それは、微妙な変化に気がつく事であったり、風の匂いを嗅ぐことであったり、木陰で涼むような穏やかな気持ちを深いところに持つということなんだと思うのです。



それから最近パウロ・コエーリョの「ザーヒル」を読みました。

パウロ・コエーリョは「アルケミスト」を読んでとても好きだったのですが、私はこちらの方がもっと心にグググと来ました。

あまりに面白く、長いのですが一気に読みました。半日、新宿御苑の木陰であぐらをかいたり、芝生に寝転んで読んでいた日もありました。

そこからの一文

「と突然、身廊のど真ん中で、私はとても重要なことにはたと気づくーこのカテドラルは私なのだ。私たちひとりひとりなのだ。私たちは成長し、形を変えていき、正す必要のある弱点にぶつかり、いつも最善の方法を選択するとは限らず、にもかかわらず前へと進み続け、立ち続け、正しくあろうと努め続けるのだが、それは全て、壁を守るためではなく、扉や窓を守るためでもなく、その内部にある空っぽの空間、私たちにとって尊くて大事なものを慈しみ大切にする空間を守るためなのだ。」



この「空間」というのは、まだしばらく私のテーマです。

アート作品は5点出展しましたが、全部この空間についてでした。

そして、多分まだ全然模索途中で、何一つ答えのようなものが見つかっていないのです。

心に激しい感情がある時にも、やっぱり「空間」は失われるような気がします。

とても穏やかな日だまりのような心に「空間」を感じます。

今は不思議と心に空間があって、ゆとりを持てていて、こういう状態で制作を進めたいと思っています。

そして、そんな「ゆとり」を感じることの出来る展示に、10月の個展はなったらいいなあ、と思っている次第です。